2003年は音楽配信元年だったか
 

 2003年4月28日、米Appleは有料音楽配信サービス「iTunes Music Store」を開始、1週間で100万曲、8週間で500万曲、7ヶ月半で2500万曲を超える販売を記録し、有料音楽配信サービスとしてはそれまでにない実績を上げた。

  秋口には米MUSICMATCH、Roxio傘下となったNapsterが相次いで有料音楽配信サービスを開始し、一躍2003年は音楽配信元年とも言うべき様相を呈した。

  2004年にはMicrosoft自らも配信サービスに乗り出すのではないかとまことしやかに囁かれる中で、やはり「iTunes Music Store」の評価は総じて高く、これまでの音楽配信サービスの不満足な点を解決した画期的なものとされている。

  しかし、本当に「iTunes Music Store」は画期的なサービスだろうか。2003年を代表するトピックとして検証すると共に、今後についても占ってみる。


 「iTunes Music Store」のサービスで評価される点の一つに、「楽曲を1曲ずつ購入できること」が挙げられる。

  これは、それまでの音楽配信サービスの多くが月額課金制(サブスクリプションと呼ばれる)であったことに対しての評価である。購入したい楽曲がなかった月も課金されるより、欲しい楽曲ごとに課金される方がフェアであるという主旨だ。

 しかしながら、当サイトで取り上げている記事を時系列で追っていけば分かることであるが、元々音楽配信サービスの多くは「楽曲を1曲ずつ購入できること」からスタートしている。そこから徐々に購入方法のバリエーションを増やしていった結果として月額制がある。

 つまり、月額制は(小さいながらも)市場の要望に応えていった上での一つの帰結であり、決してそれまで存在しなかった画期的なサービスとは言い難い。


 また、1曲99セントという価格も評価される点の一つに挙げられている。

 確かに、それまでの音楽配信サービスでは1曲の価格が2ドル近辺であったことを考えれば割安であり、ユーザーにとっては大変なメリットとなる。

  ただ、これもほぼ同時期に各音楽配信サービスで価格の見直しが行われていたのも事実だ。

 そもそも楽曲の販売価格は提供するレーベル(レコード会社)の意向によるところが大きい。

  2002年後半より、P2P技術による違法コピーが一向に減らないこと、音楽CDの販売数が減少してきたことに業を煮やしたレーベルは、音楽配信サービスでの提供価格の値下げに踏み切っていた。

  具体的にそうした動きは実際にいくつか筆者の耳に入っていたが、当サイトの記事で確認できる範囲では、2002年11月にUMGの音楽配信サービスで1曲99セントのサービスがスタートしている。


 同様に著作権保護の「緩さ」に関しても、レーベル側に緩和の動きが見えていた。

 実際にサービスが提供されている中では公表されていない部分もあるが、配信した楽曲ファイルをCD-Rに焼けるようにするといった譲歩を取り付けていた音楽配信サービス事業者もあったようだ。

  必ずしも「iTunes Music Store」だけが著作権保護の緩いサービスを実現できる技術に支えられたものであるとは言い難い。


 最後に、Macintoshに対応したサービスであることも評価される点の一つである。

 当たり前だが、如何にMacintoshユーザーに音楽ファンが多いとはいえ、市場で数%と言われているシェアに対してビジネスを展開するのは大変リスクがあり、よほど余裕のある企業かMacintoshに深くコミットしている企業でないとサービスができなかったというのが実態であろう。

  その意味では、まったく無視されていたに等しいMacintoshユーザーが「iTunes Music Store」の登場を喜んだのは当然であるし、その注目度も高かったのは意外なことではない。


 ここまでをまとめてみると、「iTunes Music Store」は決して技術やサービス内容で優れているわけではない。それは、後を追ってスタートしたMUSICMATCHやNapsterが同レベルのサービスを実現していることでも分かる。

  「iTunes Music Store」の成功は、それまでの音楽配信サービスの動向を把握し、タイミングを見極めた上で無理のないサービスを力強いブランドの元で提供するといった、あくまで米Appleのマーケティング戦略の成功だったということができるだろう。


  そう考えた場合、「iTunes Music Store」の危うさも見えてくる。

  「iTunes Music Store」は、あくまでAppleのiPod向けのサービスであり、音声圧縮技術はAAC、著作権保護技術もApple独自であるなど、(パソコンのOSこそMacOSだけでなくWindowsにも対応はしたものの)比較的クローズドな環境と言える。

  たとえば、ユーザーがiTunes以外のアプリケーションやiPod以外のポータブルプレーヤーで「iTunes Music Store」で購入した楽曲を楽しみたいと考えてもできないのが現状だ


 すでにいくつかのニュースサイトで取り上げられているが、Appleの財務責任者は「iTunes Music Store」がサービス単体で黒字になることを考えていないと述べている。

  すなわち、Appleにとって「iTunes Music Store」はあくまでiPodを売るための差別化策であり、これをオープンに、すなわち他のオーディオプレーヤーソフトでの購入や他のポータブルプレーヤーでの再生を可能にする意志はないものと見ることができる。

 だとすれば、重要なのは「iTunes Music Store」がiPodの販売に寄与しているかという点につきる。


 果たしてiPodの購入者は「iTunes Music Store」があるからiPodを購入しているのだろうか。

  今のところ、iPodがポータブルプレーヤーの中では圧倒的なシェアを誇っているが、デザイン面やOSのサポート、サポート体制の充実度など優位点が多いため、具体的な購入動機を量ることは難しい。しかも、競合相手は韓国や台湾の比較的規模の小さなベンダーで構成される小さな市場の中での話でしかない。

  仮に名の通ったオーディオメーカーからiPodより魅力的で安価なポータブルプレーヤーが登場したとき、そしてそれがMacOSをサポートしていたとすれば、シェアはいつでもひっくり返る可能性を秘めている。

 そうなったとき、「iTunes Music Store」はどのような立場におかれるのであろうか。


 ただ、こうした懸念は何も「iTunes Music Store」に限った話ではない。

  追ってサービスを開始したMUSICMATCHやNapsterのサービスも、Windows Media Technologiesをベースに多くのプレーヤーメーカー(ブランドベンダーを含む)と連携しようとしている。

  1社のプレーヤーのシェアに左右されず、Windows市場という大きなマーケットに対してビジネスを展開できるという強みはあるが、それも対応プレーヤーが売れたとしての話である。

  2003年後半から登場したこれらのプレーヤーは2004年に一通り揃っていくことになるだろう。少なくとも北米市場においては、音楽配信サービスに対応したプレーヤーと対応していないプレーヤーという認識は出来上がることだろう。

  それは、当サイトが目指してきたEMD対応プレーヤーという括りが意味を持つ瞬間でもある。

 ただし、そういう状況になったとして、そこにシェアの差は生まれるだろうか。

  音楽配信サービス対応プレーヤーでないと売れないという状況が理想的ではあるが、まったく逆の状況になってしまう可能性もあり得ると筆者は考える。

  非対応プレーヤーばかりが売れてしまう状況が生まれたとすれば、メーカーは無理して対応プレーヤーを作ることはしないだろう。

  残されたのは、対応するプレーヤーがまったく増えない音楽配信サービスばかりとなってしまうかもしれない。


 そう、のちに2003年は音楽配信元年と言われるかもしれないが、早くも2004年が音楽配信サービスの享年となってしまうのではないか。

 それが、当サイトに丸3年携わって、音楽配信サービスの盛衰を一通り見てきた者の印象である。

 もちろん、これが杞憂に終わることを願って止まないのは言うまでもない。

 
 
(2004/01/06、日夏雄高)
 
※このコラムは参考資料などを基に分析、予測されたもので内容の正確性を保証するものではありません
 
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