MDプレーヤーがEMDプレーヤーになる日 〜ATRAC3を巡る戦略〜
 
 それは2000年7月18日のソニーのリリースから始まる。この日、ソニーはオーディオ関連の新製品を発表した。 その目玉はMDに長時間モードが加わったというもの。既存のMDの2倍・4倍の録音/再生時間を持つ新しい規格は「MDLP」という名で発表された。 それぞれ2倍が「LP2モード」、4倍が「LP4モード」とされ、最大320分、実にMD1枚に5時間以上の録音/再生ができるというものになった。
 デッキ、コンポ、カーオーディオから登場したMDLP対応製品はその後、当然のようにMDウォークマン、ラジカセ型の"CD-MDシステム"とバリエーションを増やしていく。
 さらにソニーと同じタイミングで日本ビクター、8月にはケンウッド、10月にはシャープ、11月にはアイワと三洋電機、2001年2月にはパナソニックからMDLP対応の製品が発表される。 現在ではMD製品を出しているほぼすべてのメーカーがMDLPに対応したといってもよい状況だ。

 実はこの「MDLP」という規格、圧縮方式としては「ATRAC3」が使われている。 そう、ソニーのEMDプレーヤーと音楽配信事業の中心となっている圧縮方式と同じなのだ。 このことはソニーのリリースでもきちんと記載されている。ただ、意図的とも思えるほど目立たないように記述されているためか、あまり話題にはなっていない。

 この事実をソニーの側に立ってみれば分かりやすい。せっかく開発した「ATRAC3」なのに、メモリースティックだけを媒体としている現状ではとても普及しているとは言い難い。 逆にMP3と同列に扱われることで音質が不十分であるという印象をパソコンやインターネットを使っていないユーザーにまで広がりかねない。
 「ATRAC3」は元々MDに使われていた「ATRAC」という圧縮技術から派生している(「ATRAC2」はMD-DATAに使われている)。 であれば、MDに搭載することに違和感は無いし、イメージの問題さえクリアすれば早期の普及も見込める。 イメージの問題とは「ATRAC3」が「ATARC」よりも音質の面で劣る、ということだ。これをより圧縮率が高く、長時間の録音を可能にするというメリットを前面に押し出すことで解決を図った。 すなわち「MDLP」という規格名称である。
 数字で見るとさらにはっきりする。2000年の民生用電子機器国内出荷統計を見るとMDは携帯型、据置型など含めて800万台を越えており、前年比も軒並み100%を越えている。 メモリーオーディオプレーヤーはきちんとした統計がないためはっきりした数字は不明だが2000年の国内販売は10万台程度といわれている。
 つまり、音楽配信のベースとなるオーディオ圧縮方式別に対応製品を見ると、ATRAC3対応製品が最も多いことはほぼ間違いなく、2001年の現時点でMDがすべてMDLP対応製品と言える状況からすれば、それはより確実なものになっているといえるだろう。

 また、「ATRAC3」がMDに搭載されることは音楽配信の面から見ても好都合だ。なぜならばMDは既に著作権をクリアしているメディアだからだ。 当サイトの技術情報の著作権に関する記事にもあるが、既にMDには孫コピーを許さない技術的な仕様とメディアと機器双方に対しての補償金制度が存在する。 HDDやCD-R/RWなど基本的にフリーという思想で作られたために著作権の問題に対して試行錯誤しているメディアが抱える問題をMDは最初から解決済みであるといえる。 このことは後述するが、制度的な問題よりもユーザーに対する印象といった面での効果が大きい。
 あとはATRAC3で音楽配信を行い保存先をMDにしてしまえば、一つのソリューションが完成する。MDコンポにインターネット接続機能を搭載してもいいし、パソコンにMDデッキを搭載してもいい(ソニーのVAIOにはそうした機種が存在するが、搭載されているMDデッキはMDLP対応ではない)。

 ただ、上記のソリューションを実現するにはまだ課題があるという。
 現在のMD機器に搭載されている標準的なインターフェースはS/PDIFだが、このインターフェースではいくつかの制約がある。 一つは一方向への通信しかできないこと。これまでのようにコピー元とコピー先という関係だけなら問題ないが、今後は機器間での相互のやりとりが必要になってくる。 もう一つはコマンドが送れないこと。現在PCでMDのタイトルを編集したりシンクロ録音させるアダプターがUSB接続になっていることからも分かるように、こうした命令が送れない仕様となっている。
 一方、PCの分野では既に標準となっているUSBだが、課題は転送速度とコネクタの大きさだ。転送速度は2.0で解決され、コネクタもいくつかミニタイプの規格が策定されようとしている。 ただ、AV機器への搭載実績はほとんど無いと言ってよい状況だ。
 そうした中、新しい規格が提唱されている。それがOP i.LINKだ。ソニーとシャープによって策定されたこの規格はプロトコルはIEEE1394a-2000準拠で物理層に一芯POFを採用したインターフェースだ。 コネクタはスーパーミニジャック、ミニジャック、メカニカルロック付きコネクタと3種類用意されており、それぞれ携帯電話やPDA、携帯型AV機器、据置型AV/IT機器と用途も想定されている。 i.LINKは既にデジタルビデオカメラのデジタルインターフェースとしてほぼ標準となっており、PCの分野ではIEEE1394もしくはFireWireと呼ばれ標準装備されている機種も増えてきている。 言ってみれば既にPCとAVの橋渡しの役割を果たしているインターフェースであり、PCの分野でしか普及していないUSBよりもAV機器には導入しやすいだろう。

 これらを総合してATRAC3の短期的な戦略を予測してみよう。
 まずPCにOP i.LINKインターフェースが搭載される。もちろんVAIOとMebiusが最優先候補だ。ほぼ時を同じくしてポータブル型のMDLPプレーヤーにOP i.LINKが搭載される。 ユーザーにはパソコンでMDの編集やタイトルの入力がしやすくなったことがアピールされる。 そのうち気付くと音楽配信されたファイルがMDLPプレーヤーにそのまま転送できるようになっており、携帯電話(PHS)や据置型MDLP機器にもOP i.LINKインターフェースが搭載され、相互に楽曲のやりとりが行えるようになる。 もちろん、そこには著作権保護がかかるがレベルは現在のMDと同等なのでユーザー側の抵抗は少ない。
 技術的にはOpenMGがプラットフォームになる。PC上ではOpenMG Jukeboxが動作し、MDLPプレーヤーとのやりとりを行う。携帯電話には先頃発表されたOpenMG Lightが搭載されるだろう。
 メモリースティックなどのメモリ媒体はMDと比べて安価になることは難しく、携帯電話など物理的にMDドライブを搭載することが難しい機器への利用など、用途に応じた棲み分けがなされる。

 最後に残されるのはメーカー間の政治的な問題だ。
 OP i.LINKにしてもソニーとシャープは有償でのライセンス供与を明言している(ライセンス窓口はシャープ)。 ATRAC3は言うに及ばず、これが実現してしまえばEMD環境はソニーによってコントロールされてしまうことになる。
 特にメモリ媒体においてメモリースティックとSDカードで競合関係にあるとされている松下電器(パナソニック)の立場は微妙だ。 実はMDプレーヤーのかなりのシェアをパナソニックが占めており、市場にATRAC3を行き渡らせる役割を負っていることにもなるからだ。
 もちろん、松下電器側もSDカードで採用されているAACという圧縮規格がデジタル放送に使われていることを強調しているが、肝心のソリューションがまだ見えてきていない。 この場合のソリューションとはデジタルビデオカメラや150万円もするプラズマテレビにSDカードのオーディオプレーヤー機能を搭載することではない。 現実にユーザーがどのような環境でオーディオを使っているかを踏まえ、そこから自分たちが目指す環境まで導いていく戦略と製品群が必要なのだ。
 MDプレーヤーがEMDプレーヤーになる日はすぐそこまで来ており、競合メーカーに残された時間はそれほど多くない。
 
参考資料:(社)電子情報技術産業協会統計データ
       OP i.LINKに関するソニーの発表リリース
       MDLP製品のソニーの発表リリース
 
(2001/4/18、日夏雄高)
 
※このコラムは参考資料などを基に分析、予測されたもので内容の正確性を保証するものではありません
 
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