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EMDプレーヤーの新たな販売手法の可能性

このサイトで取り上げているEMDプレーヤーの一覧は発売年代順に並んでいるのでとても分かりやすい。この一覧を眺めていると、当初の販売メーカーにオーディオとはあまり馴染みのない名前が並んでいることが分かる。具体的に挙げれば、ソリッドオーディオプレーヤー陣営のハギワラシスコム、富士フイルムアクシア、日立マクセルといった企業だ。
こうした企業がそれまで実績のなかったオーディオ製品を手がけた理由について考えてみると、共通点としてメディアを販売している企業であることに気付く。いずれもソリッドオーディオプレーヤーで採用されていたフラッシュメモリーカード、ID付きスマートメディアを販売しているメーカーだ。
各社のこの分野に対する取り組み意欲については類推でしかないが、オーディオプレーヤー本体のビジネスを確立する(オーディオ分野で一定のシェアを確保する)と言うよりも、元々販売していたメモリカードの更なる消費拡大を目的としてプレーヤー本体を自ら手がけるといった戦略が伺える。
実際にそうした戦略を採っていたとすれば、残念ながら成功したとは言い難い。その理由としてはスマートメディアが消耗品として機能しなかったことが挙げられる。スマートメディアが十分に安ければ録音したスマートメディアを次々と買い足すような消費行動が起きた可能性もある。 しかし、スマートメディアはその書き換えの手間を考えてもお釣りがくるほど高価であり、実際にはユーザーの多くは一枚のスマートメディアを何度も書き換えて大事に使うだけだった。
こうしたメディアの消費を見込んだ販売手法は最近のMP3-CDプレーヤーにも見られる。台湾メーカーからOEMを受けている国内の代理店の多くはCD-Rメディアも同時に手がけている。 CD-Rが書き換えのできないメディアであること、消耗品と呼べるだけの単価の安さから、ある程度の消費行動の流れは起こすことができるだろう。少なくともメモリカードよりは成功したように見えるはずだ。しかし、筆者がそのビジネスに先がないと考えている理由は前回のコラムで述べた通りだ。

実はハードウェア単体では利益が出ないと言う話は今になって始まったことではない。余程の独自機能を持った製品でない限り、大きな利益は望めないし、競合製品が登場した時点で市場競争の中で利益は減少していく。
そのため、企業としては収益をハードウェアを販売した後に付随するモノ、いわゆるアフターマーケットに求める。それは大きく有形のモノと無形のモノに分けることができる。

有形のモノとはサプライと言われる消耗品である。これをプリンターについて考えてみると分かりやすい。
プリンター本体はメーカー間の競争はあるものの、必要十分な性能を実現している今となっては、機能だけでは大きなアドバンテージとはなりにくく、かなりの値引き競争も行われる。よって、本体ビジネスだけで売上を伸ばそうとすると利益の確保が難しくなる。
ところが、プリンターは使い始めればインクやトナー、紙などの消耗品が繰り返し必要になる。実はこれら消耗品の利益率はプリンター本体とは比べものにならないくらい高い。それは競合する製品がないため無理な値引きの必要がないからだ。 さすがに紙は規格化されているが、インクやトナーはメーカーごとに互換性を持たない。同じメーカーの中でもプリンターの機種ごとに消耗品の型番は違っており、ユーザーは指定買いするより他ない。 安価なサードパーティ品は、消耗品で収益を確保するというメーカーの戦略故に保証外となるし、時には訴訟対象ともなる。

一方、無形のモノとは一般にサポートとかサービスと呼ばれるものだ。
例えば企業や官公庁など業務の中にコンピュータを導入する場合には、その顧客がすぐに業務に利用できるようにしなければならない。そうした機器の設置や設定、時にはソフトの開発、導入支援などが企業を顧客に持つメーカーの収益の源泉となる。
2001年9月4日に発表され世界を驚かせたHPとCompaqの合併についてもPCをはじめとするハードウェア本体だけのビジネスでは収益を挙げられず、サポートやサービス、コンサルティングと言ったソリューションと呼ばれるビジネスに転換を図ったものだとされている。

さて、詳細を述べればきりがないが、ハードウェアを消耗品やサービスと言った販売後の収益を見込んだ販売手法は一般的に企業向けとされてきた。 個人ユーザー向けには購入時に多少のおまけを付けるといった程度で、箱売りと呼ばれ対局にあるものと分類されてきた。これが大きく変化したのは携帯電話以降である。
1990年代半ばから個人ユーザー市場で大きく販売台数を伸ばした携帯電話市場に於いて、その牽引力となったのはサービスを当てにした販売手法と言える。
携帯電話を手に入れたユーザーは必ず通話をする。通話はサービスとして料金が発生する。その料金が後々見込めるので携帯電話単体では利益が出なくてもとにかく普及させる、という戦略が採られた。それにより、明らかに原価を割ったハードウェアが個人ユーザーの手に入ることになったのだ。
この戦略は結果として、代理店に対するリベート、販売マナーなどの諸問題を引き起こしたものの、携帯電話の市場規模を大きく押し上げたことは間違いない。原価を守った通常の販売手法が継続していれば、携帯電話は今ほど普及してはいなかっただろう。

ところで、一定の注目を集めながらEMDプレーヤーもなかなか普及が進まない。では携帯電話と同様の販売手法をEMDプレーヤーにも適用できないだろうか。つまり、本体の販売後に音楽配信サービスによる売上を見込むことで、EMDプレーヤーの価格を大きく引き下げることができるのではないかと考えてみる。

携帯電話の販売手法を考えてみる場合、避けては通れない事例がある。同様の戦略をPCに取り入れようとした「フリーPC」だ。
PCの個人ユーザーに対する販売手法としてはモニターやプリンターを組み合わせて割安感を出すくらいに留まっていた。ところが、インターネットの盛り上がりによって、インターネットをサービスとしてPCに付けて売るという販売手法が「フリーPC」だった。 たとえPC本体の価格を原価以下としても、その後のインターネット接続料金がユーザーから徴収できれば、十分にビジネスとして採算が合うと見込んだビジネスモデルだ。
しかし、具体例は挙げないがこのビジネスモデルはほぼ失敗に終わったとされている。その要因を考えてみよう。

フリーPCの失敗の要因としてはまずPCが「生もの」であったことが挙げられる。PCの場合は採用している技術の移り変わりが激しく、ほぼ3ヶ月すれば旧型となってしまう。 さらに2年に一度はOSがバージョンアップするためハードウェアの更新はほぼ必須と言える。そうした状況の中で例えばインターネット接続3年契約付きでPCを購入できるかと言えば、答えはNOだ。
また、この1、2年の間にPCの普及に伴い低価格化がより進んでしまったことがある。現在、通常のメーカー製PCでも本体が10万円以上すれば余程高機能なモデルとなるだろう。ノートPCですら20万円以下が相場となっている。 一方でフリーPCはコストをできるだけ抑えるため、低価格の単一モデルとなっている。仕様の変更や選択の余地はほとんどない。ユーザーは外見にせよブランドにせよ自分好みのPCが同じような値段で手に入るのであれば、そちらを選択するだろう。 こうしたPCの事情を知っているユーザーはフリーPCに手を出さないし、購入後に事情を知ったユーザーでも解約した方が有利であると考えるだろう。
さらにPCという製品の性格として汎用品、よく言えば何でもできるが、悪く言えば何をしたらいいのか分からないものであると言うことができる。「インターネットをするための道具」という位置付けも、インターネットはあくまで手段であり、メールもWebサイトも面白いと思わなければそれまでだ。 そうしたユーザーにとって見れば、メールもできる携帯電話の方がまだ目的がはっきりしているし使いでがあるということができる。
加えてPCに付いてくるサービスも未成熟だったと言えるだろう。単純なインターネット接続サービスもまた、将来のコンテンツサービスを見越した低価格化が激しく、無料プロバイダーという仕組みまで登場し生き残り競争の様相を呈している。 しかも肝心のコンテンツサービスはまだ収益として確保できるだけのサービスも仕組みも出来上がっていない。期待のブロ-ドバンドにしても、対応するための初期投資負担に躊躇しているところだ。すなわち、収益の源泉と見込んでいたサービスそのものがビジネスとして不安定だったということができる。
以上をまとめると、フリーPCの失敗は陳腐化の早い製品であったこと、製品の無目的性、さらに提供するサービスの未成熟、が挙げられる。

フリーPCの失敗要因を踏まえてEMDプレーヤーを考えてみると、決して見込みがないわけではないことが分かる。
まず陳腐化に関しては、EMDプレーヤーは徐々に技術の向上が図られているものの、そのスピードはPCに比べれば緩やかであり、ハードウェアの買い換えを強いる要素は今のところ見られない。
また、構成する部品の中ではコスト比率の高いフラッシュメモリの低価格化は進んでいるものの、元々プレーヤー本体の価格はそれほど高いわけではなく、一般製品の方が安くなるといった事態にはなりにくい。
さらに製品の性格として音楽を聴くものであるという目的がはっきりしている。音楽の好き嫌いはあるだろうが、プレーヤーを購入したユーザーが音楽をまったく聞かなくなるといったケースはほとんど考えられないだろう。
最後にサービスだが、これは製品の目的が音楽を聴くものであるとはっきりしているため、提供されるサービスも音楽配信サービス、すなわちコンテンツサービスとなる。よって単純なインターネット接続サービスよりも収益として確保しやすい。

残る課題はサービスを実現するための仕組みだ。有料の音楽配信システムであることはもちろん、プレーヤーの本体価格に反映させるのであれば、サービス料金はできるだけ安定していることが望ましい。すなわち月額固定料金と言った会員制サービスが求められる。これはユーザーに対しても月額1,000円で月々5曲まで楽曲が購入できるといった仕組みとしてアピールしやすいだろう。
実はここのところ、著作権管理システム開発企業がサブスクリプション(会員制)モデルの搭載を相次いで発表していることは無関係ではない。皆、音楽配信サービスのあり方としてこのビジネスモデルを見据えている。あとは具体的な価格設定と誰がそれを実現するのか、に係っている。

まったく根拠のない数字で申し訳ないが、上記の月々5曲まで楽曲が購入できる月額1,000円のサービスに加入することにより、EMDプレーヤーの本体価格が4,800円となれば、ユーザーの購買意欲に影響を与えることができるのではないだろうか。 音楽配信サービスとしては高すぎず、本体価格も一般製品に比して魅力があると思えるユーザー本位の価格だ。これに収益性を鑑みた試算が繰り返し行われることになるだろう。そこにはもちろん、事業者のコストも入ってくるし、楽曲の価格といった著作権者側の事情も考慮されなければならない。
あとはこのサービスを誰が提供するかに係っている。EMDプレーヤーのベンダー、ISPなどインフラ事業者、また強固なブランド所有者も候補としてあげられるだろう。
インフラ事業者であれば、ブロードバンドサービスの月額料金に+αで音楽配信サービスが受けられるというオプション設定にすることもできる。 衣料品や飲食品などの強力なブランド企業は広告戦略の中でオリジナルブランドのEMDプレーヤーと音楽配信サービスを効果的に利用することができるだろう。
いずれにせよ、ユーザーが安心して対価を支払える相手となること、これは容易いことではない。 折角優れた仕組みを構築してもユーザーの信頼を得られなければ決して受け入れられない。 その努力が想像以上にコストがかかると言うことにインターネットバブルに踊ったインターネット専業企業の苦戦は教えてくれる。
携帯電話のように販売しているEMDプレーヤーを安心して購入できるブランドを築くこと、それはこのビジネスモデルの最後にして最も高いハードルと言えるだろう。

参考資料:Intertrustの新著作権管理システムに関するリリース
       LiquidAudioの会員制サービス対応著作権管理システムに関するリリース
       Digital World Serviceの著作権管理ソリューションに関するリリース

(2001/9/10、日夏雄高)

※このコラムは参考資料などを基に分析、予測されたもので内容の正確性を保証するものではありません

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